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奮闘するリーダー達には元気がぎっしり。"ワザ研"では彼らを取材して、皆さんの「快適」と「スムーズを支えるリーダー達」の物語を取り上げてゆきます。
野田 敦司

リーダーたちのワザ研究

調査報告 第16回 御多福珈琲
    野田 敦司


"純"喫茶を市で、どのように営むのか。
珈琲職人に教えをこうた。
取材:窪一(ホットワイヤー・プロジェクトリーダー)

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出会いは突然やってきた。その名も御多福珈琲
かつて街角にあった喫茶店は姿を消して、横文字のお店が増えた。メニューには新種のものが加わり、軽食はデリカなんぞと略したものになった。増えてきたカフェラテや軽くつまめるデリカを出すサービスは、本当に皆を満たしているのだろうか。

例えば、応対指導マニュアルに並んだ活字のまま、スタッフの口をついてでてくる時、なにかしらざらつく。「お煙草をおすいになられますか?」には馴染んだふりをして「喫まない」とだけ返す。しかし、ふりは無理ゆえに剥がれて正体が見える時もある。街に野太く息づくような喫茶"士"はいないものか。いつしか、そんな切り口で珈琲の店を探すようになっていた。
天が下の珈琲サービスに新しきものなし…。
手づくり市ならではの世界観
いつしか珈琲に体をはる人々に出会うことが出来た。野田さんもそんな一人で、その屋号は「御多福珈琲」という。彼は京都に屋台とリアルな店舗を持っている。京都百万遍、知恩寺の「手づくり市」に立つ彼らは、リピーターには御なじみなのだ。屋台の店開きとともにお客は途切れることがない。一方、四条寺町の地下一階の隠れ家のような店舗では、絶妙な京都の話題と距離感で訪れるお客さんと繋がってゆく。市が育ててくれた、それが修行なのだと野田さんは毎月「市」に立っている。

手づくり市はその名の通り、商品を作った人たちがそこに集いモノを売っている。にわか商店主は、商品とお客さんをとても大事にする。歩けばわかるが、一坪の出店スペースに繰り広げられる世界に、時としてハッとする強いメッセージを感じることもある。

御多福珈琲は全て手入れドリップでサービスをしている。珈琲を点てている間、待ちの時間がある。そんな時に読んでもらいたいメッセージを「御多福新聞」として、イラストも文字も手書きの小冊子にまとめて配った。「手書きと言うのは、手づくり市では、とても大切な要素なんです。」その味に惹かれるお客さんは決して少なくない。
「組織の看板がなければ、自分は認められないのではないか」 そんな不安を心に抱いて3年…。
どうして屋台なんだろうか。
京都の学生だった野田さんはバンドに熱中する。フロントマンを喰うドラムゆえ、誘われるのは激しいものばかりだったそうだ。体に脈打つ音楽のライブ感は、彼の表現を考える体験になっている。

卒業後、有田(和歌山県)に戻って就職する。その仕事(官な業務)で地元を廻りながら、週末は志をもって音楽活動を続ける日々だった。いつしか、その仕事の日常と週末のギャップに戸惑いだす。「組織の看板がなければ、自分は認められないのではないか」そんな不安が心に抱いて3年。彼は「喫茶店」をやりたくて仕事を辞める。

自分のやりたい喫茶店はどのようなものなのだろうか。手探りでまずは豆だろうと自家焙煎を行っている京都のカフェ、喫茶を廻る。
「最初は、美味しい珈琲に出会えたら、そこの豆をわけてもらえたら」20件もそうしたお店をめぐった最後に出会いがあった。そこは喫茶ではないが、焙煎した豆を売るところ。知ったものにしかわからない、この店の名前は「珈琲茶館」と言う。

「心にぽっかり空いた穴を埋めるような出会いでした。」珈琲茶館の田中マスターと野田さんは真剣に向合った。何度か通い、田中マスターと対話を繰り返す内に、野田さんは自分の事業に大切なポリシーを見つけた。
「一般に、お店をやりたい人は、まずお金を工面します。だけど、 お金だけでお店は出来ない。長く続けてゆけるものが大切なんだ と気がついたんです。」

がんがん動いた、すると道が開けた
「後から考えると、商売ってね、やっぱり人が集まる処でするもんです。ある程度の資金があって準備して始めると、こうしたお店はどうしても待ちの商売になります。」
そこで、修行の場所を見つけたのが手づくり市だった。縁日に賑わうここでは、お菓子から陶芸、手芸といったものが並ぶ。そこで、野田さんは着想を得る。屋台なら、自分から攻めてゆける。

「どういう形であれ、店って、できるのやないか...。あーゆーマーケットにそこに手作りで参加することで何かを掴み取れるのじゃないかとも思ったのです。」
2000年12月、百万遍の知恩寺に開かれる市を見て廻って、想いはずんずん加速する。名前は意外にすぐ決まった「御多福珈琲」の誕生だ。商標、屋台の構想を"知図"に落とす。

それが屋台であるべき理由は3つあった。小資金ではじめられること。いろいろな場所に出てゆけると言うこと。最後に誰かに届けたいと思える迫力有る珈琲豆との出会いだ。それに加えて私が気がついた4つ目の理由がある。なにより野田さんは、自分が点てた珈琲の感想を飲んでくれた相手からダイレクトに受け止めることで、接客と魅せるオペレーション、そして足りないものを汲み取る勘を磨いたのだ。
お客さんが、こぞって身銭を切る
売上と引き換えではなくて、今、珈琲を飲んでくれる人のために自分の時間、そして日々、心と知恵を割く。お客さんはこのバーゲンに、こぞって身銭を切る。そして彼らの活動と一杯の珈琲と引き換えに彼との関係をからめとってゆく。野田さん達は、どこにでもある珈琲サービスに、他に無い特徴を与えるためには、共感を得るマーケティングが不可欠であることを体で理解している。

かくのごとく、御多福珈琲は実業に踏み出し、喫茶に絞って際立った存在感をその御多福珈琲ブランドに与える事に成功しつつある。

輪を信じる若い担い手"御多福珈琲"が、絆に飢える人の心を理解して、満たされない需要サイドの情報を汲み取りながら、和製カフェ("純"喫茶は健在だ!)の未来を切り開いてゆく。そうしたスキルと感受性を、この手づくり市に立つことで磨いているのだ。

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