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奮闘するリーダー達には元気がぎっしり。"ワザ研"では彼らを取材して、皆さんの「快適」と「スムーズを支えるリーダー達」の物語を取り上げてゆきます。
林幸治郎

リーダーたちのワザ研究

調査報告 第15回 有限会社東西社(ちんどん通信社)
    座長:林幸治郎


いまや千万の広告もひびかない。だけど、ちんどん囃子は顧客を誘い出している。
取材:窪一(ホットワイヤー・プロジェクトリーダー)

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日曜日の朝刊からこぼれ落ちる折込広告、設備投資を伝える経済記事、景気の回復が感じられる今、市井の財布内シェアをめぐって広告は熱くなってきている。しかし、情報の受け取り側は、広告を企業の都合よい発信だと感じているし、もはやそのメッセージには燃えない。

20年を越えて路地に生きる宣伝サービスに、あるジャズ・ライブで出会った。それがちんどん通信社だ。
 
日本に生まれ育った者だけが知っている「聞こえてくる音」
ちんどん通信社
ちんどん通信社
  音楽って、鑑賞するものだけじゃない。
日本に生まれ育った者だけが知っている、「聞こえてくる音」を考えてみて欲しいと林さんは言う。  聞こえてくる音楽と言う面白さ。祭囃子を聞きながらたこ焼きを焼いているだとか、縁日を子供と歩いていたら聞こえくるもの。物売りの声、風鈴の音。

「大学でJAZZをやったのですよ。でも、我々はアメリカ人ではないですから、自分の感覚でやるとどうもうまくないんです。」たまたま音を模索していた時、ちんどん屋の楽曲が聞こえてきた。興味を持って研究をはじめた。

「1981年当時、原宿で出だした"たけのこ族"は道路をステージにしていた。僕はちんどん屋の音楽も面白いし、歩くわけですから。なにより寄ってくるお客さんとの関係が面白かった。」

当時、林さんは大学生。そんな活動がメディアで取り上げられて、大学の学生課にちんどん屋の注文がひっきりなしに入ってきる。強くやめるように指導された。だけど、譲れなかった。
稼いでいかねばならない。そのために世間と逆を行く。
最初は音楽的興味の延長だった。親も自由にやらせてくれた。大学を卒業してみんなが就職する中、林さんは"ちんどん屋"の事務所"青空宣伝社"に入る。一つ上の先輩は58歳だ。「ちんどんあまり無いけど、サンドイッチマンをやるなら、いてもいいですよ」ということで、プラカードをもって、東通商店街、神戸の福原、京都の木屋町、和歌山のぶらくり丁といった街に立った。

ちんどんの先頭に立つ機会がきた。街をねり歩く。場所によって、トンと音が流れてから人がでてくるまでに差がある。昼間廻る生活圏にいるのは、お年寄り、主婦、子供、病人だ。彼らがお囃子に誘い出されて出て来る、話かけてくる。営業で街をまわったって、こんなに人と垣根を越えて対話は出来ないと確信した。

新しい業界から注文がきているのに、風前のともし火と言われたちんどん稼業!「ながらく、客筋も変わらなかったし、おんなじ事に、首までどっぷり使っているとわからないんだな。商店街などのお得意さんから注文が減っているだけで、もう先が無いと皆が判断していた。」林さんは可能性を感じていた。だから、辞めて独立した。28才になっていた。
 
目先のことだけじゃなくて、将来の苗をうえなきゃだめなんですわ。
一本立ちだ!だけど仕事は....ない。
28歳のころ仲間と
商売を店構えでやってると、「どうぞ買って下さい」とこっちから声をかけなければ成り立たない。「行商ってあったでしょ。天秤棒かついで歩くと声がかかる。お客さんは、おもしろそうだから、なにかしらしゃべってみたい。声をかけられるという事が店の宣伝になる。すれ違う人とコミュニケーションが生まれる。扮装していると、しょっちゅう声がかけられる。暑いの、寒いの、なかなかにーちゃんやるねーと話しかけられるんですわ」

3年くらいは仕事なかった。なにかにつけ口伝えで活動を伝えた。「出会う999人はちんどん屋関係ないけど、1人が興味をもってくれたらええんです。」その興味もった人は興味有る人にかならずクチコミしてくれる。

昭和59年秋、最初のまとまった仕事依頼がくる。当時の住まい兼事務所にしていた6畳3畳二間に黒電話が鳴った。東京、有楽町マリオンのオープンに「ちんどん屋100人集めてくれ」と博報堂からだった。
毎年入門希望者が20人はくる、多くが去り、そして一人が残る。
「お米なら春植えて、秋に収穫できる。だけど目先のことだけじゃなくて、将来の苗をうえなきゃだめなんですわ。25年前の苗木が今、刈り取れ始めている。」

面接で資質はわかるものかと僕が尋ねると、それはまったくわからない。だいたい明るく元気な子はうちに来ない。どこかうじうじしていたり、暗いところがあったり、トラウマがある奴がウチにくる。心の中で変わりたいと思っている奴が来る。

当然、はいったばかりの新人とは話が合わない。バックグラウンドや見ているところが違うから当たり前。そこだけを叱っても伝わらない。「うるさいだけですよそんな小言。俺って完璧だろ?そんな押し付け、誰も面白くない。

「今日はどう料理しよっか?から、失敗して、その場のフォローも見せながら、一緒に汗をかく。同じことを体験しないとお互いの理解なんて、できっこないのよ。」若者はこの20年何も変わっていないですよと林さんは言う。

「街の会社のオヤジが"わが社には、なかなかいい人材が集まらない〜昨今の若者は..."と嘆いているわけですが、あれは僕に言わせりゃ、あたりまえだよ。いい人材なんてのは大会社か役所にいて、街にはいない。ダメな奴を鍛えていかなきゃいけいないのよ。そんな奴らでもね、続ければ一念が通ずるのよ。」

 
 
「こんなこと出来ませんか?」という依頼は、たいてい無茶な話が多い
ちんどん通信社ちんどん通信社   人を集めて、喜んでもらい、繋がること。
10年選手と一緒にやると、なんにでも対応できる。人前でやることとは、ずばりその場にいる人を喜ばせること。「僕達の提供するものは、拍手喝采はないけど、場に弾みが出るような余興」例えば、パーティ会場で積極的に見ないけど会話が弾むような賑やかし。聞こえてくるだけで、その場がざわざわするようなパフォーマンスなのだ。ちんどん屋は仮装行列のように取られますけど、かわいそうだからとか、おもしろそうだからと、気持ちで繋がったお客様が、配ったチラシのお店を訪ねてくれるんですわ。

世の中の「こんなこと出来ませんか?」と言う依頼はたいてい無茶な話が多いものなのだ。江坂のレストラン(カーニバルプラザ)、店内でちんどんの仕事。店内には、家族もいれば、熱い恋人も、別れ話してる気まずい二人も、誕生日のお祝いの人もいる。そんな客席を廻るのは、最初とてもやりにくかった。でもある時、路地をねり歩いている時と一緒なんだと気がついた。

「相手を見ずにね、ハッピバースディみたいな単純な演奏を、一日何度もやらされるのは、そら苦痛ですよ。だけど、お客さんを見て感じ取りながらやるとね、喜びを表現できる。演奏家にそう感じられる人が少ない。」林さん達は、がぜんここでの仕事が楽しくなった。「何千回やったかわからんけど、ハッピバースディ、何度も感動した。そこに事業を特化したんですよ。」

風にのって聞こえてくるお囃子は、貴方の時間を無理に奪わない。それに決してヘンなツボを売りつける事もしない。でもふさいだ気持ちや時間をもてあました心を陽気にしてくれる。今、通りを歩く人の心をやさしく開く、こんな楽しい宣伝アクションを僕はほかに知らない。

写真提供:上間アキヒコ (スタジオファルス:HP)
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